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辻堂の暮らし

8月がどうにか終わり

sIMG_0149.jpg暑かった、9月5日の今日も暑いけど、8月が終わりました。
31日間何をしたか?、、、8月の終わり近くに上野の東京国立博物館へ「縄文展」をみに行った。
暑い中をがんばって行った甲斐があった。縄文人の才能の物凄さに興味が湧いて、涼しくなったら青森へ縄文遺跡をみに行きたくなった。
その他、何をしたかな。

sssDSC07614a.jpgほどいた着物をロングドレスに仕立てた。
ただ上に首を通す穴を開けてかぶるだけの長方形の服。
それでも私にとっては大仕事だった。
何十年ぶりのミシン仕事に手こずった。
針に糸を通すための道具を買って、手元を明るくするための電気スタンドを常備し、目薬を指しながら、ためらわずにエアコンをがんがん使いつつやっと出来上がった努力の賜物である。sDSC07610 2
(この代物を9月28日の朗読会で着用するのである。)(その朗読会では「なめとこ山の熊」宮沢賢治作を読む。)そのための練習を毎日した。

図書館に予約して半年くらい待っていたらやっと順番がきた村上春樹の「騎士団長殺し」を読んだ。
傑作なのかどうなのかわからん。この人は音楽が好き、穴が好き、何がなにやら不思議な小説だ。
厚い本2冊だから、読みでがあって8月が終わった。

8月、どう見ても異常気象、それが日常になった?

昨日は辻堂で36°になったそうだ。海辺の涼しいはずの町がこの気温。名古屋で40°だったそうだ。
このデスクトップPCがある部屋にはエアコンを設置できないから、簡単な窓用エアコンをつけてある。つければ部分的に温度は下がるが、長居はしたくない部屋だ。
命の危険があると言う高温にさらされているニッポン、夏本番の8月、残暑の9月、どうなるんだろう。
来年は、再来年は、、、。クワバラクワバラそんな先のこと考えるのやめようっと。

今月の「朗読を楽しむ会」のテーマは「不思議な話」というもので、テーマに合う小説、エッセイなどを選んで読みたい人が読むことになっている。
久しぶりに江国香織の短編集「つめたいよるに」から「草之氶の話」という短編を読むことにした。
幽霊と結ばれ生まれた13才の男の子が語る父母の話、ちょっとフシギで楽しい小話だ。

sDSC07609.jpg9月に小さなホールで読む予定の「なめとこ山の熊」用のワンピース作りは遅遅遅遅として進まないが、脇と前後を繋げて襟の見返しをやっとつけた、道のりは遠いが母が縫ってくれた着物をリメイクしながら触っていると縫いにくいな、とか紺生地に紺の糸って見にくいな、目がよかったのね、この長い布をチクチクと手縫いは大変でしょうね、とかお裁縫をしている母の姿をしきりに思い出す。

今日の辻堂の最高気温は33°だそうだ。今日は涼しいのねと感じるのがとっても変!


6月、あれこれ

sDSC07593.jpgsDSC07596.jpg6月16日幸田弘子の朗読「薔薇と海の饗宴」神奈川近代文学館2階ホール。
横浜、港の見える丘公園の薔薇が素晴らしい季節に、気持ちのいい小さなホールでフランスの詩、親友であったと云う吉原幸子の詩、サン・テクジュベり「小さな王子」からいくつかの物語。気持ちのこもった心に沁みる朗読を聞いた。
ホールがいい。あまりにいいホールなのでいつかここで朗読をしたいと願った。
公園の薔薇や白い大きな百合が美しく流石のYOKOHAMA。見ないのは損だ。来年も来て、ここは天国かとうっとりする時間を持ちたいと。きっと来たいとここに記しておく。

6月は催しが多い月なのね。
sDSC07599.jpg友人が30年近く指揮をして育て上げた女声合唱団、「コスモス」のコンサート。
ラインベルガーのミサ曲4曲。合唱組曲「母の手」。西村朗編曲の女声合唱曲集「四季の抄」。林光作曲「はる、なつ、あき、ふゆ」。良く練り上げられ、伝える意志の強い、美しく高級感のある合唱コンサートだった。すごいな、友人の操さん。


sDSC07603.jpg「湘南大庭ふれあいフェスタ」地区の社会福祉協議会が主催する年配者のための催しに、出演側として参加した。
会場へ行けば当然のように、どうぞ、と案内されそうになるけど「出演者ですっ」と無理にも姿勢を伸ばしてカッコをつけた。
我がコーラスはカラオケ係り。「女ひとり」「南国土佐を後にして」「熱き心に」「椰子の実」を先生のピアノで全員で歌った。私が簡単な司会をして「若返りましょう」とか「お隣の方よりも大きな声で」とか呼びかけたけれど、その必要はなく全員がみんな歌ってくださった。フォークグループにも合わせて思いっきり歌った。
最後にアフリカの太鼓、ダンスのグループの指導で早いテンポの体操まがいのダンスもしてとても楽しかった。

sDSC07598.jpgタンスの底から発掘した結城紬の着物、心配していた虫食いもなく現れた。
リメイクして上着とズボンにしたい。この春60年ぶりに再会した中学時代の友人のAさんが教えてくださるそうだ。
やっとほどいたところだから、これから言われた通りに洗ってみましょう。ミシンもないのに出来るのかしら。

アラスカ、クマ、氷河、オーロラ

sDSC07553.jpgsDSC07560.jpg星野道夫ラブはどうやらいまだ冷めやらず。

sDSC07518 2星野さんの生家のある千葉県市川市で催されている「星野道夫写真展」を片道2時間かけて2回も見にゆき、2回めに同行してくれたtomatoさんが写真集を持っているというので貸してもらって、1冊200ページ2冊セットになっているのを飽きもせず眺めているところ。
著書は10冊くらい読んだかも。

sDSC07561 2sDSC07567.jpg折しも、湘南台文化センターに併設されているプラネタリウムがアラスカのオーロラをトークと共に上映するというイベントがあり昨夜見に行った。
オーロラ写真家の中垣哲也の制作、トークという構成だが、私は星野道夫さんが見ていたアラスカ極北のオーロラが見られるということが一番の興味。

sDSC07569.jpgsDSC07570.jpgこれは星野さんのアルバム中のオーロラ。


sDSC07568.jpg中垣哲也さんのパンフレット。アラスカへ70回以上も通いオーロラツアーも企画運営されているという中垣哲也さん。太陽と地球の唯一無二のいい関係、宇宙の中の奇跡的な存在である地球に生まれたものの幸せを語りながら、プラネタリウムドームいっぱいに動き回る迫力のあるオーロラを写して素晴らしく、90分が短く感じたのだけれども。けれどもトークの中にちょっと星野さんを話題にしてくれたのが嬉しかった。

5月1日、2日、混雑の隙間旅

sDSC07442.jpgsDSC07440.jpg連休中に長男と親夫婦で伊豆半島へドライブ旅。
予定外のハプニングが原因で予定外の1泊の旅が飛び込んできた。
メンバー3名のちょっと淋しい人数だけれど、お天気爺が混ざっているから天気の心配はない。不思議な爺参加の旅は、ほぼ8割の確率で丁度いい天気になる。
sDSC07444.jpgsDSC07451.jpgsDSC07453.jpg先ず、三島スカイウォークなる大吊橋へ。



障害物のない谷にかけられた400メートルの吊橋は、人々が富士山を眺めるためだけに設置されたらしい。
風はないと思っていたが、渡り始めると右へ左へとゆうらゆら。
少し歩いては立ち止まり青空に浮かぶ富士山を眺め、写真を写し、ゆらゆらと風に吹かれながら渡り切ると、記念写真をとるコーナーやら三島焼きそばの屋台やらが並び、少し高台には全景を眺めるためのテラスもあって楽しい。
橋をバックに3人で両手をあげて記念写真を撮ってもらった。1200円也。

sDSC07466.jpgsDSC07477.jpg伊豆半島堂ヶ島のニュー銀水という宿についた。
部屋の前は小島が浮かぶ綺麗な入江。
ちょっとレトロな大きな旅館で、温泉、ロビーなども広々、人はまばら。
ゆっくりと寛いだ一夜だった。


sDSC07511.jpgsDSC07491.jpgsDSC07498.jpgsDSC07510.jpg






松崎という眠ったような町でお昼を食べた。古いなまこ壁が連なる通りに午後の日差しが眩しい。
どこか懐かしいお屋敷も無人のようだった。
間口の広い明治時代の呉服屋さんは、市の文化遺産として公開されている。
一人ぶらぶらと散策してみたくなるノスタルジックな松崎町。
桜餅用の桜の葉の塩漬けが昔からの産物だそうだ。


sDSC07515.jpg下田の水族館。
海の入江を網で囲って作られた、海の中の水族館。
展示館をつなぐ渡り廊下は木の板張り。
ジャンプをするイルカくんを向こうの道を通る人も眺められる、のどかで素敵な水族館だった。

伊豆半島の西側、交通の便が悪いせいか鄙びた漁村の風情の残るいい感じの旅だった。

ふるさとを唄う墓参や風薫る

91才になる兄が両親の墓参に行きたいという。
今日は良い日和になったので車で88才の姉を辻堂駅まで迎えに行き、それから兄が暮らしている老人施設へ寄り藤沢市大庭台墓園へ行った。
3人兄妹がそれなりに健康、兄はやっと歩いている状態だけれど、88才の姉は脳、足ともに元気。
お墓の前で兄が「ふるさと」を歌い出したので驚いたけれど、3人でハモリながら二番まで歌った。
両親と3人兄妹の家族で暮らしていた頃は、それぞれが合唱団に入っていた。お互いにその時練習している歌を聞き覚えて適当なハーモニーをつけて良く歌った。遡った時間70余年くらいかな。
広い墓園ではハナミズキ、藤の花が真っ盛り。藤棚の下で持参のコーヒーとお菓子を広げてささやかなお花見をした。
話題は、守る人がいなくなった後の両親のお墓をどうしようか、という現実的なものだったのだが。

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